1.日曜日

 

「ただいま」

玄関ドアを閉めると外の喧騒というノイズが遮断され、その代わりに居間のテレビの音がやけにクリアに聞こえてきた。

『――普通に高校に通う少年はなぜこのような肉親を惨殺するという凶行に及んだのでしょうか?少年をよく知る同級生によると……』

ブラウン管に一般住宅地をバックにリポーターが紙面を読み上げている姿が映っているのが見えた。妹の愛海がリビングのソファーに座ってそのニュースを見ていたが、居間に入ってきた僕に気づいてテレビのニュース番組から目線を外した。

「おかえり、あれ雨降ってたの?」

「小雨程度」

 日曜に外出なんて滅多にしないことをするものだから雨など降りやがった。やはり休日は家にいるに限るのだ。

若干濡れた上着から匂う雨の匂いが少しだけ不快で、上着を脱いでリビングの椅子にかける。そうするだけでじめっとした感じが幾らか解消された。

「お兄ちゃん、ちゃんと着替えなよ。濡れたままの服を着てると風邪引くよ」

僕の行動を見ていた愛海はそれだけ言うと再びテレビに目線を戻した。

『――なお、白昼の凶行に付近の住民は戸惑いを隠せず、付近の小学校では子供を送迎する保護者の姿が多く見られ……』

ブラウン管の中ではまだリポーターが事件の詳細を詳しく報道している。つい先日起きた殺人事件関連のニュースのようだった。まだ子供と評されるであろう高校生の少年が両親を殺害したその事件のショッキングな内容からニュース番組はこぞって取り上げている。

凄惨な事件、でも今ではそう珍しくはない事件。一週間のうちに何度となくニュース番組に取り上げられ、いつしかみんなの記憶からも廃れていく事件。

「嫌な事件だねぇ、我が子に殺されるなんてさ」

目線はテレビに向けたままで愛海が僕に話しかけてきた。僕はさしたる感情も抱かずに適当な意見を口にしていた。

「他人に殺されても嫌だけどね」

「そうだけどね……お兄ちゃんさぁ、こんな事しないでよ」

きっと冗談だろうが、全然笑えない。

「自分の兄を信じろよ」

僕が皮肉めいた笑みを浮かべると、愛海は眉間にしわを寄せた。

「話すことが全部でまかせのお兄ちゃんを信じろっていうのは無理な話じゃない?」

 なかなか言ってくれるじゃないか。まあ愛海がいうのは半分ほど事実だから反論はしない。

「そういえばこの近所でも起きてるじゃない。ほら連続斬り付け魔とかなんとか」

 確かに愛海が言うように連続斬り付け魔が最近近くで出没するらしかった。死亡者はでておらず、どれも軽症ではあるもののここ3週間で被害者は7人に及び犯人が捕まる気配は無かった。

「お兄ちゃんも気をつけなよ、最近は物騒だからねぇ」

「いや僕よりも愛海だろ。斬り付け魔は子供か女性しか襲わないんだし」

「まあそうか。お兄ちゃんはひょろくても一応男だしね」

 何気に自分の兄を馬鹿にしてないか?

僕は抗議をしたかったが事実なので反論は出来ず、自嘲的な笑みを浮かべるだけにとどめて脱いだ上着と鞄を持ち居間を出て自室に向かった。

その背後で少年犯罪の増加にコンピュータゲームが大きく関わると主張するコメンテーターが、ゲームの有害性を大声で呼ばわっていた。無責任な発言を繰り返す大人たちはゲームをやったことがないのだ。やったことがあるとしてもきっとそれに付いていけなかったからひがんでいるに違いない。

確かにあまりに低年齢からコンピュータやテレビゲームに浸っていると、現実と仮想世界の区別が付かなくなってしまうという説がある。とある本にはゲームをすることによって集中力がなくなり、記憶力が低下し、ゲームに洗脳されるという内容が書いてあった。確かに中にはそういう人間もいるだろう。

それに人間性を疑うような酷い内容のゲームも存在するが、多くの場合においてゲームそのものが悪いわけじゃない。何事もやりすぎが良くないのだ。使用者が節度を守ること、それが一番重要だろう。

僕はゲームはそれほど悪くはないと思う。だから僕はコンピュータゲームを否定しない。

僕は自室に戻ると濡れた服を着替え、特に意図も無くベッドに腰掛ける。

コチコチという時計の動く音が静かな部屋の中にやけに大きく響き渡る。階下からテレビの音が微かに聞こえ、窓を叩く雨音と一緒にBGMを作り出していた。

僕はベッドから立ち上がると机の上の大部分を占有するコンピュータを起動。

パイロットランプが点灯。放熱用のファンが静かに動き始め、モニターが明滅を繰り返す。

僕は起動したパソコンのデスクトップにある“ソリッドフェンサー”と書かれたアイコンをダブルクリック。ソリッドフェンサーを起動する。

ソリッドフェンサーはジャンルとしてはMMORPG、日本語で言うならば多人数同時参加型オンラインRPGに分類される。ソリッドフェンサーに現在登録されているプレイヤーは一万人ほど。それなりに大きくなったゲームだろう。

だが世界には百万人のプレイヤーが登録されているMMORPGもあるのだから侮れないが、UO、EQ、RO、AO、FFなどといった幾多の有名なゲームが存在しているもののMMORPGは収益性が低く、ゲーム業界自体も若干衰退気味の現代において必ずしも人気の高いとは言いがたい。だが基本利用は無料でオプション使用において課金するMMORPGが最近は多く見られ、それなりに人気があるようだった。

IDとパスワードの入力画面、そして使用するPC(プレイヤーキャラクタ)を選択すると仮想世界へと入ることが出来る。ゲートをくぐるムービーが映し出され、細かなグラフィックで表現された仮想世界へと繋がった。

今の僕は萩野翔ではない。ソリッドフェンサーの世界に住む剣士のアステリスクだ。

 

 

僕はゲートを通ってサーバーに入る。ゲートがサーバーの出入り口の役割を果たしているので基本的にゲートを通らないと入場(ログイン)退場(ログオフ)する事出来ない。例外は回線接続が切れたときと、体力ゲージがゼロになった時の強制退場(ゲームオーバー)のみ。

ソリッドフェンサーはただのRPGではない。

ソリッドフェンサーは普通のRPGにありがちなコマンドを選択して戦闘をするわけではない。簡単に言うなら格闘ゲームと同じで、プレイヤーがPCを動かして戦闘をするゲームなのだ。

それにソリッドフェンサーには戦うべきボスも、救うべきお姫様も存在しない。ただ毎月イベントが行われ、一定の条件をクリアすることによって、アイテムなどを獲得できるようになっており、長期プレイをしているプレイヤーを飽きさせないように工夫している。

とはいってもミニゲームを極めたりアイテムをコレクションしたりとプレイヤーそれぞれの楽しみ方があり、基本的にはただモンスターと戦い、ダンジョンを攻略する。それだけのゲームだ。

僕はフィールドを探索する前に装備を点検した。

僕が装備している武器は双剣、といっても普通の剣ではなく沖縄の古武術に用いられるトンファーという武器に似た形の剣である。

トンファーとはトの字の形をした攻防一体型の打撃武器で、アメリカ警察の使用している警棒がトンファーに酷似している。トンファーは基本的にはトの字の突起部分を握り、長いほうの柄を腕に沿わせるように持ち空手と組み合わせた武術で戦うのだが、僕が装備している片手剣は柄の長いほうが片刃になっており、当然そちらを敵に向けて戦う事になる。

構え方からこの双剣は突きを得意としており、トンファーと同じように防御にも使い勝手がよく、剣技だけでなく格闘技の要素を併せ持つ戦闘も可能となる、という設定になっている。ただ片手で持つため威力がどうしても弱くなりがちで、パワー重視というよりもスピード重視の戦闘になる。しかしそこが僕の気にいってる点でもあるのだが。

ソリッドフェンサーでリヴァイヴァーと呼ばれる回復アイテムもそれなりに数があったのでどこにも寄らずにフィールドに行く事にし、僕はPCを進ませた。

ゴールデンタイムよりも比較的早い時間ではあるもののフィールドには他のPCの姿も見られる。定職についていないゲーマーか、もしくは学校から帰宅した学生のような僕と似たり寄ったりな身分であると想像できた。

しかしまあ回線の向こう側でサーバーを共有しているプレイヤーがどんな人物であろうと僕には関係のないことだ。

 平坦なフィールドを進んでいくうちにモンスターに遭遇した。僕は逃げることはせずに戦闘を開始する。

ソリッドフェンサーはRPGによくあるターン制ではなく、本質は格闘ゲームに酷似したリアルタイムの戦闘である。

僕のPCが装備している双剣は攻撃力が低いものの素早い攻撃展開が可能で、どのタイプのモンスターにも無難に戦える汎用性が高い。

植物みたいな胴体に爬虫類みたいな顔というありがちなモンスターはツタのような触手を振り回して攻撃してくる。

僕はバックステップを踏んでモンスターの攻撃を回避。サイドに回りこんで通りすがりに斬りつける。しかしモンスターの触手が脚を払い転倒しかける。そこで無理に体勢を立て直さずにそのまま前転して受身をとりモンスターの追撃を避けるために間合いを取る。

攻撃範囲の広い触手が少々厄介だ。しかし触手がなければ攻撃力は低い。

僕はモンスターと距離をとって僕に攻撃を仕掛けてきた鞭のようにしなる触手を次々に攻撃。動きが鈍っている間に懐に飛び込んで双方の剣で連続攻撃を繰り出す。

モンスターに反撃する暇も与えず体力ゲージを削っていく。そもそもこのモンスターは強い部類には入らない。ソリッドフェンサーの住人になって大分立つ僕の敵ではなかった。

ものの数秒でモンスターを倒した僕が一息ついていると、見知ったPCが近づいてきた。

ED: 久しぶり。今日も一人寂しくソロハンティングか〉

ボクシングなら僕のPCとは階級が一つくらいは違いそうな屈強な体格のPCの上にメッセージが表示された。

〈*: こんにちは、EDさん。久しぶりですね〉

ED: お前は全然ギルドの集まりに出ねえんだもんな。少しは顔出せよ〉

〈*: すみません〉

ギルドというのは簡単に言えば派閥のようなもので、RPGで一般的なパーティーよりも大きな集団である。ソリッドフェンサーにおけるギルドはプレイヤーが集まって勝手に組織しているもので愛好家の自主的な集まりのようなものに過ぎないため所属しなくてもさほど問題は無い。

しかしながらギルドに所属していればパーティーを組むときにメンバーを集めるのは簡単だし、ギルドに所属していなければやれないことも多々あるのも事実だ。つまり属していてもあまり損はないという事。

僕もグレイマン同盟というギルドに一応所属していた。

グレイマン同盟は世間でちょっと有名なゲーマーである841が立ち上げたギルドで、所属するプレイヤーは六十人強。誰でも入れるわけではなく、841が認めた人間しか入ることは出来ないちょっと変わったギルドだった。そしてそのギルドになぜ僕が所属できてるかも僕自身謎だった。

ちなみにグレイマンとは灰人、つまり廃人の事を暗喩させる言葉遊びだ。

ED: 明日の集会には顔出せよ。これは841からの命令だからな〉

〈*: 841直々ですか……〉

正直他のプレイヤーと関わり合いを持つのは面倒なのであまり積極的に参加していなかったのだが、841直々の通達とはサボりづらい。これは観念するしかなさそうだった。

〈*: それはそうと、その大剣はどうしたんですか?〉

僕はEDの持つ大剣に目がいった。この前持っていた大剣と違っている。それにこれは…。

ED: これがどうかしたか?〉

〈*: とぼけないでくださいよ。それレアアイテムじゃないですか?〉

ED: よく分かったな。いいだろ〉

EDは僕から少し離れて大剣を軽く振り回して見せた。

〈*: RMTですか?〉

レアなアイテムなどは現実世界の通貨で取引される事もしばしばでRMT(リアルマネートレーディング)と呼ばれている。RMTは必ずしも違法行為ではないが、RMTに絡んで詐欺行為が頻発するなどトラブルが多く、またゲームバランスを崩しかねないといった理由により嫌悪感を持つプレイヤーも多いことから、オンラインゲームの運営会社の多くはRMTに対して否定的だ。

その一方で積極的にRMTを推奨し利用するMMORPGも存在しているのも事実だ。いずれにせよどのオンラインゲームにおけるRMT行為が広く行われていることもまた事実であった。

ED: 馬鹿言え、俺にそんな金あるかよ。毎月ぎりぎりで生きてるのに〉

 ぎりぎりの生活でもネットに接続するお金は惜しまないのがEDだった。僕は彼の顔を思い浮かべて苦笑した。

〈*: そうですよね〉

ED: なんだそれ、何気に馬鹿にしてないか?〉

EDが何気に剣を構える。慌てて僕はPCを後ろへ引かせた。

〈*: いえそんなことはありませんよ。でもどうしたんですか、それ〉

ED: 貰ったんだよ。トモダチから〉

〈*: トモダチいたんですか?〉

ED: お前にだけは言われたくない〉

 EDのPCの顔のテキスチャは変わらないが、目の前にいたら意地悪い笑みを浮かべていたに違いない。僕はモーションを選択して肩をすくめるようなポーズをとった。

〈*: それもそうですね〉

 本当のことなので僕は否定しない。僕は現実世界でも仮想世界でも友達が多いほうじゃない。ちなみにEDは友達ではなく先輩と僕は見ている。

ED: なんだ?これ欲しいか?〉

〈*: いえ、僕は双剣士ですから〉

 どんなにいいアイテムでも使わなければ、宝の持ち腐れというものだ。

ED: そうだ、久しぶりに一緒に行くか?たまにはパーティー組むのも悪くないだろ〉

〈*: それもいいですね。お供します〉

たまにつるむのも悪くない。僕とEDはフィールドに足を向けた。

結局今日は二人で十四体のモンスターを狩った。